「主人は言った。『忠実な良い僕だ。…主人と一緒に喜んでくれ。』」(マタイによる福音書25:21)
五タラントン、二タラントン預かったものたちは、こう言われています。ここで、「忠実な」(pistos)と訳されている言葉は、信仰(pistis)と繋がりのある言葉が用いられています。この人たちは、リスクを犯しながらも、良い報告をできることを信じて、苦労しながらも他の人たちと関わり、タラントンを増やしていった姿を想像させます。それらの人のことを、とても喜んでいる「主人」の姿をイエスさまは描いています。私たちが自分たちの人生を、出会っていく人との関わりの中で、豊かにしていくこと。「生きてきて良かった」と自分も周りの人も、それぞれの方がそれぞれの自分自身について思ってもらえるような生き方をしていくことが、神様が喜んでくださることなのではないかな、と思います。(司祭 シモン・ペテロ上田憲明)