「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる・・」(マタイによる福音書18:20)

イエスは言われます。「わたしの名」「わたしとひとつになって」(本田訳)二人また三人が集まるところ、そこに「わたしもその中にいる」と。教会とはなんであるか?立派な建物か、荘厳な礼拝が捧げられているところなのか?内村鑑三などの「無教会」主義やプロテスタントの教会理解は、このイエスの約束の上に依拠していると言えましょう。そしてそれは教会の根底が何であるかを証ししてもおりましょう。「キリストのからだ」として教会を受け止めるわたしたちは、同時に今日の福音で語られている、このイエスの約束と祝福を心に留めたいものです。「イエスの名」によって心と思いを「ひとつ」にして「集まって」いるところ、そこにイエスが共におられる・そこに教会がある。「イエスの名」をひたすらに熱心に呼び求める者たちの集いこそが「キリストのからだ」を、この社会に示すと言えましょう。(司祭 バルナバ 関 正勝)