「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。」(マタイ13:44-45)

イエスさまは人が「天の国=神の国」に出会えば世界中の何よりもそれを受け入れることが望みとなる、ということをおっしゃる。この上ない喜びになるのだ。でもイエスさまがおっしゃる「喜び」は単なる幸せ気分ではない。幸せは浅くて、置かれた状況によって浮き沈みが激しいものである。イエスさまが言う喜びとは、周りの環境に揺らがされない、父なる神への信頼から生まれるものであろう。
今は大変な目に遭っても、「何とかなるさ」と、神の恵み深い約束をバックボーンにした心の持ち方に伴うものではないだろうか。(司祭ケビン・シーバー)