「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイ11:28)

イエスが山に退かれるなどして、いつも父なる神に祈っておられたことをわたしたちは知らされています。その祈りは「主の祈り」(マタイ6・9以下)、「ゲッセマネの祈り」(マタイ26・39)、「十字架上の祈り」(ルカ23・34)であったりします。今日の福音での祈りは「賛美」です。ここで、祈りはわたしたちの願いごとであるだけでなく、それ以上に神への感謝・賛美であることが示されています。イエスの感謝・賛美の祈りは、重荷を負い、疲れて歩む者を、ご自分が休ませ、慰め、力づける者とされていることへのものに他ならないでありましょう。
事実、わたしたちは自分の悲しみや痛み、無力感や徒労と思える日々の営みがイエスのうちに受け止められていることを信じることで、どれほど癒され、慰めを得て来たことか、と思います。「あなたたちは自分の心に安らぎを見いだす。」(マタイ11・29岩波訳)とは真実の言葉です。(司祭 バルナバ 関正勝)