「二羽の雀が一アサリオン(約1円)で売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。」(マタイ10:29)

シェイクスピアのハムレットは、決死の戦いというクライマックスを迎える直前に悟る:「雀一羽落ちるにもみ摂理がある」、と。つまり、これから何の結末が待っていようとも、それも神のご計画の中にある。だから「いかなるときにも覚悟はしておかねばならぬ」、と。わたしたちは、神の不思議なご計画の中で、自由に、責任をもって行動をとる。しかし、その結果は神の慈愛を信頼して神に任せる。天の父としてわたしたちの最善を望んでおられるのだから。雀の話をしてくださったイエスさまも十字架という決死の戦いを迎える前に祈られた:「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、み心のままに。」(マタイ26:39)(司祭 ケビン・シーバー)