「人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。」(創世記 2・25)
神によって創造された人間の姿を創世記はこのように記しています。神との関係の内を生きる人間は裸であることを恥じてはいない。裸という状態は傷つき易い。また感じやすいと言えましょう。創世記が記す最初の人間の姿、そのような傷つき易く、感じやすい人間が神によって生かされ護られている存在であることを語っています。その人間が、「神のように善悪を知るもの」となろうとしたとき、自らが裸であることに気づかされ「いちじくの葉で・・腰を覆う」のでした。かくして、腰を覆う「いちじくの葉」がなくては関係を築けないわたしたちが誕生しました。「いちじくの葉」は現代の通行手形(?)でしょうか。(司祭 バルナバ 関 正勝)