• キリスト教の愛を常に示し続ける… 聖路加国際大学キリスト教センター(St. Luke’s International University Center for Christianity and Spiritual Care)は、本学の基盤となるキリスト教の愛の精神を具現化する役割を担います。教育現場においてはキリスト教概論、倫理などの教育に取り組み、医療現場においてはキリスト教チャプレン(専任聖職者)がスピリチュアルケアの専門家としてそれぞれの医療部のチームに加わり、患者さんやご家族へのスピリチュアルニーズを視野に入れた「全人的医療」に取り組んでいます。これ以外にも、種々の礼拝と祈りの機会や音楽プログラムを主催するなど、イエス・キリストとの出会いをサポートしています。
  • キリスト教の愛を常に示し続ける… 聖路加国際大学キリスト教センター(St. Luke’s International University Center for Christianity and Spiritual Care)は、本学の基盤となるキリスト教の愛の精神を具現化する役割を担います。教育現場においてはキリスト教概論、倫理などの教育に取り組み、医療現場においてはキリスト教チャプレン(専任聖職者)がスピリチュアルケアの専門家としてそれぞれの医療部のチームに加わり、患者さんやご家族へのスピリチュアルニーズを視野に入れた「全人的医療」に取り組んでいます。これ以外にも、種々の礼拝と祈りの機会や音楽プログラムを主催するなど、イエス・キリストとの出会いをサポートしています。
  • キリスト教の愛を常に示し続ける… 聖路加国際大学キリスト教センター(St. Luke’s International University Center for Christianity and Spiritual Care)は、本学の基盤となるキリスト教の愛の精神を具現化する役割を担います。教育現場においてはキリスト教概論、倫理などの教育に取り組み、医療現場においてはキリスト教チャプレン(専任聖職者)がスピリチュアルケアの専門家としてそれぞれの医療部のチームに加わり、患者さんやご家族へのスピリチュアルニーズを視野に入れた「全人的医療」に取り組んでいます。これ以外にも、種々の礼拝と祈りの機会や音楽プログラムを主催するなど、イエス・キリストとの出会いをサポートしています。
  • キリスト教の愛を常に示し続ける… 聖路加国際大学キリスト教センター(St. Luke’s International University Center for Christianity and Spiritual Care)は、本学の基盤となるキリスト教の愛の精神を具現化する役割を担います。教育現場においてはキリスト教概論、倫理などの教育に取り組み、医療現場においてはキリスト教チャプレン(専任聖職者)がスピリチュアルケアの専門家としてそれぞれの医療部のチームに加わり、患者さんやご家族へのスピリチュアルニーズを視野に入れた「全人的医療」に取り組んでいます。これ以外にも、種々の礼拝と祈りの機会や音楽プログラムを主催するなど、イエス・キリストとの出会いをサポートしています。

礼拝案内

日曜日の礼拝:
7:00 聖餐式(トイスラーホール)
10:00 こども礼拝(旧館チャペル)
10:30 聖餐式・説教(旧館チャペル)
17:00 夕の礼拝・教話(トイスラーホール)
※第1日曜日 いやしの祈り
※第3日曜日 Evening Prayer(英語)
月~土曜日:
8:30 朝の礼拝(トイスラーホール )
水曜日:
8:30 聖餐式(トイスラーホール)

 

※なお、第2水曜、第3火曜、第3水曜の礼拝は午前8時45分から始まります。

今週の聖書サプリメント

これまでの聖書サプリメント

「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」 <ルカ20:38>
世の中が変化しても、人間にとって究極的な問いは「生・死」に関わること。宗教の発生に関し、人間の側から言えば、近親者の死による根源的な苦悩と思索がその要因だと言えよう。愛する者が死んだ時、客観的な心臓停止、脳死という科学的説明で、人は納得できようか。素朴にあの人はどこへ行ったのかと探し求める心が湧きあがる。
以前この病院で幼児の急逝後、その幼い兄が自宅のカーテンの後ろに、弟がカクレンボしているのではと探して歩いたという話を父母から聞き、絶句した。私達にとって大切なのは、死んだ人ではなく生きている人。その意味で、この幼い兄の行為は正当で、胸を打つ。もちろん、生きていて死んでいる人もあり、死んでいても生きている人もあるのを我々はよく知っている。
鎌倉時代の禅僧道元の「の中に仏あれば生死なし」<正法眼蔵・生死>という言葉がある。本日の聖書の主イエスの「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」という言葉と並べてみると、不思議に共鳴して来るのを覚える。(司祭パウロ佐々木道人)

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